Tiny garden

山田はサンタと読めなくもない(1)

「二十五日、クリスマスパーティするんだけど、打木さんも来ない?」
 山田が、登校してきたばかりの私に持ちかけてきた。
 教室に入っていったらすっ飛んできて、待ち構えていたみたいにそう言われた。
「パーティ? どこでやるの?」
 マフラーをほどきながら聞き返すと、今度は由井ちゃんが飛んできて代わりに答える。
「山田ん家だって! ね、クリスマスはそっちにしない? うちらふたりで遊びに行くより、大勢いるほうがいいじゃん!」
「打木さんも由井さんも、クリスマスに予定ないって聞いたから」
 山田は悪意なく事実を述べた。
 まあ、ないっちゃないですけども。

 実際、本当に何もなかった。
 彼氏いない歴十七年、特に秀でたところもない女子高生の私は、ひとまずクリぼっちだけは避けようと由井ちゃんと遊びに行く約束を入れていた。
 そして街行くカップルに呪詛の言葉を吐きながらカラオケとカフェをはしごして歩こうかと根暗な計画を立てていたので、だったらパーティに行くほうが健全な過ごし方だろう。

「由井ちゃんがいいなら、いいよ」
 私の答えに、山田はほっとしたようだった。
「よかった。打木さんも来てくれてうれしいよ」
「ほら言ったでしょ、うっちゃんなら絶対いいって言うよって!」
 由井ちゃんがにんまりすると、山田は少し慌てたようだ。話をそらすように私に言った。
「えっと、パーティって言っても大したものじゃないんだ。ただ、うちのおじいちゃんがそういうの好きだから、どうせなら大勢でクリスマスをお祝いしようって思って、みんなを誘ってる」
「ってことは、フィンランド風のパーティってこと?」
 何かすごそう。びっくりする私に、山田は純和風のしょうゆ顔をくしゃくしゃにして笑った。
「楽しみになった?」
 なった。なりましたとも。

 山田は色白で、顔がちっちゃくて、でも眉はきりっとしてて目は切れ長だ。男子の中では背が高いほうだけど、クラスで一番ってほどでもないし、失礼ながらそんなに目立つタイプじゃない。
 でもこの山田、実はクォーターとかいうやつで――山田のおじいちゃんはフィンランドの人で、日本人と結婚して日本に住み始めたのだという。
 私も一度だけ山田の家に行ったことがある。山田が風邪引いてプリント届けに行った時だけど、出迎えてくれた山田のおじいちゃんは大柄で、目が青くて、白いひげをもくもく生やしてて、リアルサンタじゃんって心の中で思ってしまったほどだ。でもって気さくないい人だった。日本語通じたし。
 ぶっちゃけ山田がクォーターだろうとそうでなかろうと、クラスメイト付き合いに何の影響もない。

 と私は思っていたけど、それを面白がってイジる奴もいる。
 例えばノーマンだ。本当は野間って名前だけど、彫りが深くて色素が薄いからみんなに『ノーマン』って呼ばれてる。
 あいつは自分が日本人離れしたイケメンってことを鼻にかけてて、山田の純和風の顔をやたらからかう。前なんて自分の写真と山田の写真を並べて、『どっちがクォーターだと思う?』ってバカみたいなクイズを下級生の女子二十人に出して回ったそうな。二十人のうち全員がノーマンをクォーターだと言ったそうだけど――だから何だ、バカめ。
 そういうイジりを受けても山田はあんまり気にしていないようだったけど、その時はさすがに私がむかついて、つい口を挟んでしまった。
「あいつ酷くない? 言いにくいなら私が注意しようか?」
 すると山田は私に対し、なぜかうれしそうに笑ってみせた。
「気にしてくれてありがとう。打木さんって優しいな」
 その明るい笑顔には私のほうが毒気を抜かれてしまって、本人がいいならいいか、と静観することにした。
 たぶん山田は、バカのノーマンや怒りっぽい私よりもずっと大人なんだろう。

 それはともかく、そんな山田の家で開かれるパーティなら、きっとすごいものに違いない。
「ごちそうとか出るんだろうね、すっごい楽しみ!」
 由井ちゃんがはしゃぐと、山田も張り切ったようにうなづいた。
「おいしいものをたくさん用意しておくよ。家庭料理だから、みんなの口に合うといいけど」
 でもそうなると、準備とか費用とか大変なんじゃないだろうか。
「何か手土産とかいる? 手ぶらで行くのも悪いし、必要があれば持ってくよ」
 私は尋ねた。
 すると山田は首を横に振り、
「気にしなくていいよ、ありがとう」
 と言ってから、思い出したように付け足した。
「ああ、でも何人かがコスプレしたいって言ってた。よかったら打木さんたちも軽くでいいから、仮装してきてくれると楽しいんじゃないかな」
「コスプレかあ……」
 サンタとかトナカイの?
 それってどうなんだと思う私に、由井ちゃんがすかさず言った。
「うっちゃんはあれ着てくればいいじゃん。例のミニスカサンタ」
「ねーわ!」
「ミニスカ?」
 山田が怪訝そうにしたので、私は急いで否定する。
「絶対着てかないから! だってあれ、うちの兄貴が去年着てたんだよ!」
「お、お兄さんが……?」
「そう! ミニスカサンタ服で酔っ払って帰ってきたの! 最悪!」

 あれは思い出すのも鬱になる一年前。
 私の兄は社会人一年生で、初めての忘年会で隠し芸をすることになったのだそうだ。そこで衣裳として選んだのが赤地に白のふわふわな縁取りがされたミニスカサンタドレスで――果たしてどんな芸が披露されたのかは想像したくもない。
 挙句べろべろになって帰ってきて、居間でミニスカサンタの格好のまま、裾がめくれてパンツ丸出しで寝ているところを発見したのが妹の私だ。
 多感で繊細な年頃の女子高生がそんな兄を見てどう思うか。火を見るよりも明らかだろう。

「私はかわいいと思うけどな、うっちゃんのお兄さん」
 由井ちゃんは昔からうちの兄びいきだ。
 この件に関しても、やたらと兄をかばいたがる。
「きっと考えても考えても隠し芸のネタが思いつかなくて、苦肉の策ってやつでミニスカサンタにしたんだよ。そういう変な思い切りのよさあるじゃん、お兄さんって」
「だからって女装はないわ。そのまま着て帰ってくるのもないわ」
 一方の私はあれ以来、兄とはまともに口を利いていない。
 親には何度となくたしなめられてるし、兄からも和平交渉を持ちかけられてはいるものの、一度抱いた軽蔑と失望はなかなか消えはしないのだった。つかほんと無理。むかつく。
「まあ仮装はできればだから、無理しなくてもいいよ」
 山田が優しく言ってくれたので、そうしようかなと私は思う。
「とにかくミニスカサンタだけはないから。まだ家にあるの見つけたら速攻焼くわ」
「そこまで言う、うっちゃん……」
 私がきっぱりと言い切り、由井ちゃんが苦笑した時だった。
「なになに、打木がサンタコスするの?」
 こちらの会話の輪に、噂もしてないのにノーマンこと野間が割り込んできた。やけに馴れ馴れしく私の肩を叩いたかと思うと、芝居がかったしぐさで続ける。
「山田ん家のパーティに俺が行くから、おめかししようって思ったんだろ? かわいいとこあんじゃん」
「誰も言ってねーし思ってねーから。つか、あんたも来るの?」
「山田が誘ってくれたからな」
 マジか。山田は本当に大人だな。
 当の山田は、野間の手を振り払った私に微笑んで、こう言った。
「クリスマスは年に一度きりしかないからな、楽しい一日にしよう」
 その笑顔は本当に、心底からクリスマスがやってくるのを楽しみにしているようで――それを見た私も、がぜん楽しみになってきた。
 わくわくしながら、でもコスプレの準備は特にしないまま、二十五日を待ちわびて日々を過ごしていた。

 ――そして、気がつくと。
 私はたったひとりで、真っ白な雪原に立っていた。

「あれ……?」
 辺り一面、雪景色。
 見上げた空は星がちらつく夜空で、そこから小さな雪がふわふわと降り続けている。
 どうして私、こんな夜中に、こんな雪の中に立ってるんだろう。
 というか、ここどこだ。見回してみてもまったく知らない景色だ。なだらかな丘陵地帯はなめらかな雪で覆われていて、遠くにぽつんと一軒だけ、二階建ての家の明かりが見える。それ以外には何もない。誰もいない。
 こんな場所、うちの近所にあったっけ。
「……って、なんだこれ!?」
 何気なく視線を下ろしたら、今度はめちゃくちゃびっくりした。
 私、ミニスカサンタ服着てる!
 赤地に白いふわふわの縁取り、丸い飾りボタンまで何もかも見覚えあるサンタ服――しかもスカート丈思った以上に短い! 膝見えてるし!
「ちょ、なんで普通に着ちゃってんの私!」
 慌ててスカートを引っ張ってみたものの、丈が伸びるということもなく。どうりで足元すーすーすると思った。
 まさかこれ、うちの兄貴のやつじゃなかろうか。そう思って頭に手をやったら案の定、帽子はなかった。兄曰く、酔っ払ったせいでどこかに置き忘れてきたそうだ。
 だけどなんで、私がこれ着てるんだろう。別にコスプレする気なんてなかったはずなのに――。
「……っくしゅ」
 雪原に突っ立ってたら寒くて、くしゃみが出た。
 訳わかんないけど、ここにいても風邪引いちゃうだけだ。
 とりあえずあの家目指して歩いてみよう。

 私は深く積もった雪を踏みしめつつ、遠くに見えていた二階建ての一軒家に向かった。
 近づいてくるにつれ、その家にも見覚えがあることに気づいた。

 一度だけ行ったことがある、山田の家によく似ている。
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