禁句の多い企画室(3)

 発注していた試作品が企画課に届けられました。
「雪浦、座ってみろよ」
「私でいいんですか、桧山さん」
「女性向けだからな。テストモニターを頼む」
 そう言うと桧山さんは、自ら貯金箱に百円を投入しました。
「打ち上げ近いし、上乗せしとこうと思ったんだよ」
 完成を控え、浮かれているようです。

 ラグジュアリーでコンフォート。そんなコンセプトに沿って作られた椅子です。
 座った瞬間、溜息が漏れました。
「……こ、これは!」
「どうした雪浦!」
「ら、ラグジュアリー……!」
 軍資金を上乗せしたくて言ったのではありません。
 そうとしか言えない座り心地に、思わず言葉が零れたのです。

「桧山さんも是非! この座り心地、まさにラグジュアリーです!」
 罰金を払いつつ訴えると、桧山さんは疑わしげに椅子に座ります。
「またまた、そう言って罰金払わせる気――おおおお!」
「すごいですよね!」
「ら、ラグジュアリー、だと……!」
 どうやら我々は理想の椅子を作り上げたようです。

「室長も座ってください!」
「この座り心地を体感してください!」
「じゃあ、せっかくだから……」
 室長は満更でもない顔で椅子に座り、おずおず言いました。
「ら、らぐじゅえりー……?」
「ラグジュアリーです、室長」
「ごめん、おじさんには横文字も辛くて」
 涙を拭う室長。本当にお疲れ様でした。

「完成したからには乾杯と行こう」
 室長も上機嫌で、私に向かって言いました。
「雪浦、ひとっ走り飲み物買ってきて」
「あれ、打ち上げしないんすか?」
 私より先に桧山さんが尋ねます。
「それもやるけど、まずは皆を労わないとな」
 室長の仰ることもごもっとも。私は社食まで飲み物を買いに行きました。

 飲み物を三人分買って戻ると、企画室には桧山さんしかいませんでした。
「あれ? 室長はどちらに?」
 私の問いに、桧山さんはきまり悪そうにします。
「帰った。これ書き置き」
 書き置きには室長の字でこうありました。
『雪浦へ。打ち上げは桧山に連れてってもらいなさい。理由は本人に聞くように』

「どういうことですか?」
 私の問いに、桧山さんは天井を仰ぎます。
「あー……本っ当お節介だよな、うちの上司!」
 それから一呼吸ためらった後、スーツの内ポケットから財布を取り出し、百円を貯金箱に投入してから、真面目な顔で言いました。
「雪浦!」
「は、はい」
「今夜、俺とデートしてくれ!」

 そのお誘いは私にとって、全く予想外のものでした。
 でも、桧山さんです。いつも私を構ってくれて、ずっと私のことを考えてくれて、私の食べたいものまで当てられる桧山さんのお誘いです。
 だから、答えは決まってます。
 私は貯金箱に百円を入れ、思い切って答えます。
「オーケーです、桧山さん!」

「私を誘いたいって話、デートのことなんですね」
「ああ。横文字禁止だったからな」
「『逢い引き』と言う手もありましたよ」
「古風すぎるだろ」
「むしろ言われてみたいです」
「……じゃあ、するか。逢い引き」
 耳元で囁かれ、どきっとしました。
 次は横文字禁止を禁止にしないと、身が持たないです!

「……ここか、雪浦の来たかった店」
「はい。童話テーマのコンセプト居酒屋なんです」
「どうりで、すっげーメルヘン……」
「桧山さんはお嫌いでしたか?」
「いいや。室長ならそわそわしてただろうけど」
 桧山さんはそう言って笑います。
「俺は雪浦となら何でも楽しい。横文字禁止ってルールだってな」

「あれ、楽しかったですか?」
 私が問うと、桧山さんは照れます。
「俺はな。好きな子と会話の糸口、掴み放題だった」
 振り返れば、私も確かに楽しんでいたような。
「と、ところで『好きな子』って言いました?」
「今更だろ。これ逢い引きだぞ」
 私は今夜、日本語の破壊力を目の当たりにしています!

  • PREV
  • Web拍手
  • TOP