マリエの探偵物語

※この短編は、最後に出てくる選択肢がおみくじになっています。
お遊びなのでお気軽に選んでください。



 真夜中、マリエは主の部屋を訪ねようとしていた。
 一日の勤めはとうに終え、寝室へ向かうカレルを見送ったのはほんの少し前のことだ。マリエも一旦は主の居室を出て、自室へ戻ってきたのだが――なぜか眠る気になれず、こうして廊下を逆戻りしている。
 用件は特にない。強いて言うなら少しだけ、話がしたかった。冷え込みの厳しい日で、夜が更けるにつれ忍び寄る寒さが、普段は潜めている想い人への恋しさを募らせたのだろう。たったそれだけの理由で、既に就寝しているかもしれない主を起こすのも気が引ける。だから起きていたら、お許しを貰えたらでいい。そんなほのかな期待と拭い切れない畏れ多さを胸に、マリエは歩を進めた。

 カレルの居室の前には、二人の見張り兵が立っていた。
 二人はマリエが引き返してきたことにとても驚いた様子だった。そしてマリエが用向きを告げるより早く、扉越しに主へと尋ねた。
「殿下、マリエ殿でございます」
 そう声をかけたということは、カレルは奥の寝室ではなく、応接間の方にいるのだろう。主が寝室に引っ込むのを確かに見送っていたマリエは戸惑ったが、次の瞬間、それどころではない物音が室内から響いた。
 椅子が倒れる音、重いものが床に落ちる音、ついでに何かを盛大に零したような水音。舌打ちのような音も聞こえた気がするが定かではない。そして一人分にしては賑々しい足音が室内を駆け巡った後、急に止んだかと思うと声がした。
「……マリエか、何用だ」
 声自体は落ち着き払っていて、いつも向けられているようにとても優しい。
 だがマリエは直前の物音の方が気になり、思わず扉越しに問い返した。
「殿下、今の物音は何事でございましょうか」
「何でもない、少し転んだだけだ」
 質問に質問で返すという無礼にも、カレルは穏やかに応じる。
「お怪我はございませんでしたか?」
「平気だ。部屋は散らかってしまったが、後で片づける」
「では、わたくしがいたします」
 マリエが申し出ると、扉の向こうではわずかな沈黙があった。どうやらためらっているらしい。
「だが、夜も遅い。お前にこれ以上仕事を増やすようでは……」
「殿下のお部屋をきれいにしておくのもわたくしの務めでございます」
「しかし……」
「ひとまず、中の様子を拝見してもよろしいでしょうか」
 畳みかけたのが効いたのだろうか。やがて近づいてくる足音が聞こえ、扉が開いた。
「構わぬが、見るだけだぞ。片づけは私がやる」
 顔を覗かせたカレルは頑なに言い張った後、マリエを室内に招き入れた。

 散らかしたという言葉に嘘はなく、応接間は一時の間に随分と変わり果てていた。
 円卓にかけられていたはずのクロスは卓上にぐしゃぐしゃと丸められ、傍らでは二脚の椅子が無様にも転倒している。床の上にはクルミの殻が散乱しており、まるで投擲されたような距離に引っくり返った木の器が転がっているのも見える。なぜか開け放たれた窓からは冷たい夜風が吹き込んでいて、それが寝室に続く両開きの扉をぷらぷらと揺らしていた。
「これは一体?」
 立ち入ったマリエが思わず呟くと、カレルは扉を閉めながら答えた。
「言ったであろう、転んで散らかしてしまった」
「では、なぜ窓を? 今宵は一段と冷え込んでおりますのに」
 そう尋ねたマリエの声も寒さに震えている。
 にもかかわらず、カレルは平然としていた。
「私は少し暑くてな。窓を開けていた」
 マリエにとっては信じがたい発言だったが、確かにカレルはほんのり頬を赤くしており、上着も身に着けていなかった。シャツのボタンも三つほど外して、吹きつける夜風に襟を揺らしている。
「殿下、まさかお熱が……」
 不安になったマリエは歩み寄り、カレルの額に手を当てようとした。
 ところがカレルは後ずさりしてそれをかわすと、
「いや、違う、そんなことはない。本当に暑いだけだ」
「ですが、お顔も赤いようですし」
「それも暑いからだ。ともかく、この部屋のことは構うな」
 マリエを説き伏せようとするかのようにまくし立ててくる。
「夜のうちに全て片づけておくから案ずるな。お前は気にせず戻れ」
 気にせずと言われても、これだけの惨状を目の当たりにした後で黙って引き下がることなどできるだろうか。
「わたくしもお手伝いいたします」
 食い下がるマリエに、カレルは困った様子で眉根を寄せた。
「いいと言っている。もう夜も遅いのだから戻って休め」
「お気遣いは嬉しく存じます。ですが――」
「そもそもお前はなぜここに? 私に何ぞ用でもあったか」
 そして逆に問い返してきたので、今度はマリエが答えに困る。
「用と申しますか、あの」
 今宵の訪問は突発的なもので、約束もしていなかった。自身の振る舞いが不躾であることは重々承知している。
「少し、お話ができればと思ったのでございます」
「それは大事な話か」
「いいえ。ただとりとめもなく、他愛ないお話ができればと」
 おずおずと語を継げば、カレルは何かを察したようだ。
 直後、とても悔しげな顔をした。
「私も話がしたいのはやまやまだが、今宵は無理のようだ」
「承知いたしました。お気持ちだけで十分ありがたく存じます」
「うむ……実に残念だ。全く惜しいことだが、この有様ではな」
 マリエも無理を通すつもりはなく、残念がってもらえるだけで嬉しいくらいだった。
 ただ、主の態度には腑に落ちない点もある。
 そもそも部屋の中で転んだという話は本当なのだろうか。
「ではお片づけだけでもわたくしが――」
「それはならぬ」
 頑なに手伝いを拒むカレルが、マリエの肩に手を置く。見つめてくる青い瞳は陶酔したようにとろりとしていて、熱に浮かされた様子にも映る。
「殿下、やはりお熱があるのではございませんか」
「なぜそう思う」
「お顔が赤いですし、それに目つきまで何やら……」
「それはお前が傍におるからだ」
 カレルはマリエの言葉を遮ると、そっと顔を近づけてきた。
 口づけられる予感に、マリエは慌てて目をつむる。だが主が触れたのは思っていた箇所ではなかった。熱っぽい唇が首筋に触れ、吸い上げられると目が眩んだ。
 思わずよろけたマリエをカレルはしっかり抱きとめた後、耳元でこう囁いた。
「今宵は戻れ。お前の望みは近々必ず叶える。何なら明日でもよい」
 マリエは熱をうつされたように、ぼうっとしたまま頷いたのだった。

 翌朝、カレルの居室はある程度片づいていた。
 クルミの殻は一つ残らず拾われ、倒れていた椅子は直され、クロスは洗われて窓の外に干されていた。どうやらカレルが夜中のうちに掃除を済ませてしまったらしい。
「私もその気になれば、掃除くらい造作もない」
 カレルは誇らしげに言い放ったが、それ以上昨夜の出来事には触れたがらず、どうして転んだのかという点についても語ることはなかった。
 そしてマリエの胸には疑問だけが残った。

 倒れた二脚の椅子、丸められたクロス、散らばったクルミの殻、開け放たれた窓――カレルの説明は納得がいくようで、どこか腑に落ちない。
 あの夜、カレルはマリエを早く立ち去らせようとしていたようだ。不意の訪問だったからというより、まるで見られたくないものがあの部屋にあったかのようだった。しかしそれは、一体何だろうか。
 マリエは思案に暮れたが、一人で考えたところで答えは浮かんでこなかった。
 主が自ら語らぬ以上、詮索すべきではないのかもしれない。だが何かが引っかかり、気になって仕方がない。胸のうちにわだかまるもやもやをどうすべきかと考えた後、マリエは一つの答えを出した。

 自分一人で答えを導き出せぬのなら、誰かに尋ねてみるしかない。
 さて、誰に頼ろうか。


 A:まずはミランに話を聞いてもらおう。

 B:アロイス様に相談してみよう。

 C:ルドミラ様に意見を伺うことはできないだろうか。

 D:殿下に直接尋ねてみるのが一番いい。

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